『身に付けたものはアナタのもの』『アナタが悟ったものはアナタのもの』

心と身体に身に付いたもには奪われる事も、失う事もありません。
鍼灸で沢山の技術を習った尊敬する先輩がよく言ってました。
『身に付けたものはアナタのもの』
『アナタが悟ったものはアナタのもの』
俺に遠慮せずどんどん使ってくれ!と。
昨日、プロ向け講座の受講生がこう言ったのです。
『先生の講座を文字に起して、どんな説明をしてるか書き出している』と!
受講生目線ではなく、講師目線でもう一度学習し直しているのです。
『偉い!よくそんな事するなぁ~』
と思いきや、よく考えたら自分もやってました!
そして書き出した後に、出来る限り自分の言葉に直す。
自分の事例に置き換えられる所は、差し替える。
借り物の言葉を、自分の経験や事例から出た『生きた言葉』にしなければ、
自分の講座とは言えません。
『人の言葉』なら、その講座を作った人のビデオを見る方がマシってもんです。
そして自分の言葉になったら、それをビデオに撮りながら1人でリハーサルをして、時間内に終わるかどうか、練習してみる!
実際にビデオ撮ると、スムーズしゃべれなかったり、
時間が2倍になったりするのです(苦笑)
ちなみに私が最も練習した講座は、『東洋医学と武道のマインドフルネス認知行動療法』です。(これは超オリジナルです)
結構たいへんですが、『自分のものにする為に同じことを2周努力する(3周目もあるよ)』これをする人は間違いなく素晴らしい講師になれます!
例え誰かの講座を教えたとしても、自分の言葉になった瞬間から
『それはもうアナタの講座です!』
よく歌手の世界でもありますよね!
カバーした曲でも、もうその人の歌になってる!っての
そうなると、もう歌を選ばない!
何を歌ってもその人の歌!人の歌でもパクリとは言われない。
歌も講座も自己一致してないと受講生には分かりますからね!
100人くらい受講生を教えるとします。
アンケート結果で私の講座の満足度は95%~97%とかなんですが、
卒業後に数年たって櫻井に文句を言う人が2%くらい(100人教えて2人程度)出てしまいます。
いくら受講中、一生懸命学んでいても、感動しながら学んでいてもです。
で、その二人がそうなるのは「受講前から分かっている」事なのです。
(理由も書けますがあえて書かないよ)
もちろん後々、裏で色々言われてしまうので会としても良くありません。
ただ、受講前に断れるか?というとかなり難しい。
だってね。
①本人もヤル気があって受講を望んでいる
②受講中も一生懸命
③卒業時も「受けて良かった!」と言ってくれる
④アンケート結果も良い評価を付けてくれる
それでも数年後・・・
その理由は書けないな~(汗)
この投稿のキモ!
「心と身体に身に付いたもには奪われる事も、失う事もありません」
これにつきます。
ちゃんと復習してくれないかなぁ
「○○事化」「自分に○○的ダブルバインドをかける」
人のせいにしない在り方を「まずはカウンセラー自身が身に付けないとね」
そして復習をしながら何度も初心に戻り「各教科の技術」を日常で使いながら、
自分自身もカウンセリングプロセスを丁寧に歩む。
この作業は師匠がやってくれる事ではなく
「誰もが自分自身にしか出来ないのよ」
受講中に櫻井がその歩み方を教え、その方向に促す事はできても、
卒業してプロの世界に足を踏み入れたら
「自分自身で出来なきゃクライエントさんにも出来ない」のです。
私の針灸の尊敬する先輩がよく言ってた。
「自分に身に付いたものは自分のもの!」
「師匠の管理下でしか出来ないのなら、それは師匠のもの!」
鍼灸時代も、自分のモノにしてない弟子が、師匠の下を離れて独立し、自己流でやりだし、「師匠に習った治療技術がぜんぜん効かない!」と文句を言う人がたまにいたんです。
その2%だわね。
自己流がいけないと言ってる訳ではなく、「基本の能力や技術」+「自分の強みやオリジナルの技術」ならば問題ないのです。
しかし「基本の能力や技術」が身に付いていない段階で、自己流に走ってしまっているのでは、やっていけないでしょうね。
クライエントや患者さんからの支持も得られないでしょう。
さて、年間スケジュールを書いてみたら、余りに開催する講座が増えてしまい、どんどんプロ向け講座の優秀な卒業生達をサポートして譲っていきます。
まず自己一致から、そして他己一致へ!
自己一致もしていないのに宇宙と一致するなど不可能です。
鍼灸で沢山の技術を習った尊敬する先輩がよく言ってました。
『身に付けたものはアナタのもの』
『アナタが悟ったものはアナタのもの』
俺に遠慮せずどんどん使ってくれ!と。
昨日、プロ向け講座の受講生がこう言ったのです。
『先生の講座を文字に起して、どんな説明をしてるか書き出している』と!
受講生目線ではなく、講師目線でもう一度学習し直しているのです。
『偉い!よくそんな事するなぁ~』
と思いきや、よく考えたら自分もやってました!
そして書き出した後に、出来る限り自分の言葉に直す。
自分の事例に置き換えられる所は、差し替える。
借り物の言葉を、自分の経験や事例から出た『生きた言葉』にしなければ、
自分の講座とは言えません。
『人の言葉』なら、その講座を作った人のビデオを見る方がマシってもんです。
そして自分の言葉になったら、それをビデオに撮りながら1人でリハーサルをして、時間内に終わるかどうか、練習してみる!
実際にビデオ撮ると、スムーズしゃべれなかったり、
時間が2倍になったりするのです(苦笑)
ちなみに私が最も練習した講座は、『東洋医学と武道のマインドフルネス認知行動療法』です。(これは超オリジナルです)
結構たいへんですが、『自分のものにする為に同じことを2周努力する(3周目もあるよ)』これをする人は間違いなく素晴らしい講師になれます!
例え誰かの講座を教えたとしても、自分の言葉になった瞬間から
『それはもうアナタの講座です!』
よく歌手の世界でもありますよね!
カバーした曲でも、もうその人の歌になってる!っての
そうなると、もう歌を選ばない!
何を歌ってもその人の歌!人の歌でもパクリとは言われない。
歌も講座も自己一致してないと受講生には分かりますからね!
100人くらい受講生を教えるとします。
アンケート結果で私の講座の満足度は95%~97%とかなんですが、
卒業後に数年たって櫻井に文句を言う人が2%くらい(100人教えて2人程度)出てしまいます。
いくら受講中、一生懸命学んでいても、感動しながら学んでいてもです。
で、その二人がそうなるのは「受講前から分かっている」事なのです。
(理由も書けますがあえて書かないよ)
もちろん後々、裏で色々言われてしまうので会としても良くありません。
ただ、受講前に断れるか?というとかなり難しい。
だってね。
①本人もヤル気があって受講を望んでいる
②受講中も一生懸命
③卒業時も「受けて良かった!」と言ってくれる
④アンケート結果も良い評価を付けてくれる
それでも数年後・・・
その理由は書けないな~(汗)
この投稿のキモ!
「心と身体に身に付いたもには奪われる事も、失う事もありません」
これにつきます。
ちゃんと復習してくれないかなぁ
「○○事化」「自分に○○的ダブルバインドをかける」
人のせいにしない在り方を「まずはカウンセラー自身が身に付けないとね」
そして復習をしながら何度も初心に戻り「各教科の技術」を日常で使いながら、
自分自身もカウンセリングプロセスを丁寧に歩む。
この作業は師匠がやってくれる事ではなく
「誰もが自分自身にしか出来ないのよ」
受講中に櫻井がその歩み方を教え、その方向に促す事はできても、
卒業してプロの世界に足を踏み入れたら
「自分自身で出来なきゃクライエントさんにも出来ない」のです。
私の針灸の尊敬する先輩がよく言ってた。
「自分に身に付いたものは自分のもの!」
「師匠の管理下でしか出来ないのなら、それは師匠のもの!」
鍼灸時代も、自分のモノにしてない弟子が、師匠の下を離れて独立し、自己流でやりだし、「師匠に習った治療技術がぜんぜん効かない!」と文句を言う人がたまにいたんです。
その2%だわね。
自己流がいけないと言ってる訳ではなく、「基本の能力や技術」+「自分の強みやオリジナルの技術」ならば問題ないのです。
しかし「基本の能力や技術」が身に付いていない段階で、自己流に走ってしまっているのでは、やっていけないでしょうね。
クライエントや患者さんからの支持も得られないでしょう。
さて、年間スケジュールを書いてみたら、余りに開催する講座が増えてしまい、どんどんプロ向け講座の優秀な卒業生達をサポートして譲っていきます。
まず自己一致から、そして他己一致へ!
自己一致もしていないのに宇宙と一致するなど不可能です。